更新情報:記事内容を更新(2025.11.24)
はじめに
このページは、兵庫県内にある各市町村の名称の由来について、紹介しているページとなります。
50音順に紹介していますが、市町村の数が多いことから複数の記事に分けているので、今回紹介している市町村は目次をご確認ください。
参考にしているものとしてはなるべく信憑性の高いものを選んでいますが、正確性に欠ける場合もあります。
また、ページを更新するタイミングによっては、情報が新しくなっていない場合もありますこと併せてご了承ください。
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稲美町の由来
1955年(昭和30年)3月31日に、「加古村」「天満村」「母里村」が合併、及び町制施行したことによって成立しています。
町名は新たに命名されたものとなっていますが、どのような理由でこの名称にしたのかは分かりませんでした。
「稲美」という名称については、この地域が古くには「印南野」といった表記されていたといたことにちなむとされます。
ここでは農業が盛んに行われており、当時は穀倉地帯として知られている場所となっていました。
このことから、穀倉地帯に相応しい名称をつけることとなり、「稲美」の地名ができたとしています。
- 読み方→「稲美町(いなみちょう)」「加古村(かこむら)」「天満村(てんまむら)」「母里村(もりむら)」
小野市の由来
1954年(昭和29年)12月1日に、「小野町」「市場村」「大部村」「河合村」「来住村」「下東条村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。
市名については、合併された町村の中で唯一の町である、小野町から名称を引き継いだ形となっています。
「小野」という地名は古くからあるとされますが、その由来については「小野ヶ原」にちなんだものだそうです。
兵庫県の中央には、加古川と呼ばれる川が流れていますが、そこから右にある台地は「青野ヶ原」と呼ばれていました。
そして、逆の左側にある台地に関しては「小野ヶ原」と呼ばれていたそうで、これが「小野」の地名の始まりとされます。
- 読み方→「小野市(おのし)」「小野町(おのちょう)」「市場村(いちばむら)」「大部村(おおべむら)」「河合村(かわいむら)」「来住村(きしむら)」「下東条村(しもとうじょうむら)」「青野ヶ原(あおのがはら)」
加古川市の由来
1950年(昭和25年)6月15日に、「加古川町」「神野町」「尾上村」「野口村」「平岡村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。
市名については、この地域を流れている「加古川」という川の名称に由来したものとなっています。
ちなみに、この地域は「加古郡」に属していましたが、河川名はこれに由来するとされているようです。
古くには「賀古」などといった表記がされており、これらの由来については諸説あるとしています。
一部紹介すると、船乗りを指す「水夫」から転じたとする説や、丘が鹿のように見えたことから「鹿児」が転じたとする説などがありました。
- 読み方→「加古川市(かこがわし)」「加古川町(かこがわちょう)」「神野町(かんのちょう)」「尾上村(おのえむら)」「野口村(のぐちむら)」「平岡村(ひらおかむら)」「水夫(かこ)」
加西市の由来
1967年(昭和42年)4月1日に、「加西町」「泉町」「北条町」が、併及び市制施行したことによって成立しました。
市名は新たに命名されたものとなり、これは合併前の町が「加西郡」に属していたことに由来したものです。
ちなみに、中心となる場所は北条町であったそうですが、当時愛媛県に北条市があったことから郡名をとったとされています。
「加西」という地名については、古くにあった「賀茂郡」といった場所に由来したもののようです。
これが東西に分割されることとなり、この地域は西側にあったことから、「加西」と呼ばれるようになりました。
- 読み方→「加西市(かさいし)」「加西町(かさいちょう)」「泉町(いずみちょう)」「北条町(ほうじょうちょう)」
加東市の由来
2006年(平成18年)3月20日に、「滝野町」「東条町」「社町」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。
市名は新たに命名されており、合併された町が「加東郡」に属していたことに由来した名称となります。
これは、場所もイメージしやすく、なおかつ親しまれてきた地名であるということなどから決まったという情報もありました。
兵庫県には上の項目にも記載した加西市がありますが、「加東」の地名はこちらと同様の由来となっています。
「加西」とは逆で、古くに存在していた「賀茂郡」のうち、東側にあったことから「加東」となりました。
- 読み方→「加東市(かとうし)」「滝野町(たきのちょう)」「東条町(とうじょうちょう)」「社町(やしろちょう)」
神河町の由来
2005年(平成17年)に11月17日に、合併が行われたことによって、神河町が成立することとなりました。
このとき合併されたのは「大河内町」と「神崎町」の2つの町であり、「神河」の名称はこの町名に由来しています。
「神河」とは合成地名であり、神崎町から「神」を、大河内町から「河」の字をそれぞれとって命名されました。
ちなみに、合併前の町の由来を紹介すると、神崎町は単純に「神崎郡」に属していたことに由来したものです。
そして、大河内町は古くにはこの地域が「大河内庄」と呼ばれていたことに由来するとしています。
- 読み方→「神河町(かみかわちょう)」「大河内町(おおかわちちょう)」「神崎町(かんざきちょう)」
上郡町の由来
1913年(大正2年)4月1日に、元々あった上郡村が町制を施行したことによって、上郡町が成立しました。
前身である上郡村は、1889年(明治22年)に成立していますが、以前より名称自体はあったようです。
「上郡」という地名の由来については、ある地域を「上郡」と「下郡」に分けたことにちなむとされます。
しかし、こちらの詳しいことに関しては、特にこれといった情報を見つけることができませんでした。
そのため、また何か他に情報を見つけることができ次第、改めて追記をしていこうと思います。
- 読み方→「上郡町(かみごおりちょう)」
香美町の由来
2005年(平成17年)4月1日に、「香住町」「村岡町」「美方町」が合併したことによって成立しました。
町名は新たに命名されたものとなっており、「香美」とは合併前の町にちなんだ名称となります。
それぞれの字に違う由来があり、まず「香」の文字については「香住町」から1文字とったものです。
そして「美」についてですが、香住町以外の2つの町にちなんだもので、両町は「美方郡」に属しています。
そのことから「美方郡」の「美」をとり、これらを合わせて「香美」と命名されることとなりました。
- 読み方→「香美町(かみちょう)」「香住町(かすみちょう)」「村岡町(むらおかちょう)」「美方町(みかたちょう)」
川西市の由来
1954年(昭和29年)8月1日に、「川西町」「多田村」「東谷村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。
市名については、合併された町村の中で唯一の町である、川西町から名称を引き継いだ形となっています。
1889年(明治22年)には町村制が施行されましたが、このときに合併によって成立した村に「川西」と命名しました。
この命名の由来については、この地域を流れている猪名川と呼ばれている川に由来したものです。
この場所は猪名川の西側に位置しており、このことから「川西」と名付けたとされていました。
- 読み方→「川西市(かわにしし)」「川西町(かわにしちょう)」「多田村(ただむら)」「東谷村(ひがしたにむら)」「猪名川(いながわ)」
神戸市の由来
1889年(明治22年)4月1日に、市制が施行されたことによって、神戸市が成立することとなりました。
この市制以前より「神戸」という地名は存在しており、古くからある名称となっているようです。
「神戸」という地名の由来については、「かんべ(神戸)」という言葉が転じてできたものとされます。
神戸とは、神社に税を納める民がいる土地のことを指す言葉で、この地域では生田神社があったことから、この神社に対して税を納めていた集落があったそうです。
ここから地名として定着していくこととなり、平安時代には既に「神戸」の表記があったとされています。
- 読み方→「神戸市(こうべし)」

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