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栃木県の市町村名の由来【50音順 足利市~さくら市】

都道府県別名称の由来まとめ

更新情報:記事内容を更新(2025.9.22)

はじめに

このページは、栃木県内にある各市町村の名称の由来について、紹介しているページとなります。

50音順に紹介していますが、市町村の数が多いことから複数の記事に分けているので、今回紹介している市町村は目次をご確認ください。

参考にしているものとしてはなるべく信憑性の高いものを選んでいますが、正確性に欠ける場合もあります。

また、ページを更新するタイミングによっては、情報が新しくなっていない場合もありますこと併せてご了承ください。

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足利市の由来

1921年(大正10年)1月1日に、元々あった足利町が市制を施行したことによって、足利市が成立しました。

前身である足利町は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立しており、「足利」という地名の由来については諸説ありますので、今回3つの説を紹介します。

①足が丈夫なものが多かったことから「アシキキ」という言葉となり、これが転じたとする説。

②この地域を足鏡別王という人物が治めていたという話から、転じて「足利」となったとしている説。

③カガと呼ばれる植物が、この地に生い茂っていたことに由来してできた地名とされている説。

  • 読み方→「足利市(あしかがし)」「足鏡別王(あしかがみわけのきみ)」

市貝町の由来

1972年(昭和47年)1月1日に、元々あった市貝村が町制を施行したことによって、市貝町が成立しました。

前身である市貝村は、1954年(昭和29年)に「市羽村」と「小貝村」が合併したことにより成立しており、このときに新たに命名されたものです。

「市貝」という名称については、合併前のそれぞれの文字を一文字ずつ取った合成地名となります。

ちなみに「市羽」の名称は、成立した際に合併された「市橋村」と「赤羽村」の名称からとっているようです。

「小貝」については村の名称となった理由は分かりませんでしたが、もしかするとこの地域に流れる「小貝川」に由来しているのかもしれません。

  • 読み方→「市貝町(いちかいまち)」「市羽村(いちばむら)」「小貝村(こかいむら)」」

宇都宮市の由来

1896年(明治29年)4月1日に、元々あった宇都宮町が市制を施行したことによって、宇都宮市が成立しました。

前身である宇都宮町は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立しており、この地域にある「二荒山神社」が別名「宇都宮」と呼ばれていたことにちなむ名称だそうです。

「宇都宮」という名称の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。

①その地域において、一番神社の位が高いことを意味する「一宮」が転じたとされている説。

②天皇に従わなかった者を、神が討っていたことから「討つの宮」と呼ばれ、これが転じたとする説。

  • 読み方→「宇都宮市(うつのみやし)」「二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)」「一宮(いちのみや)」

大田原市の由来

1954年(昭和29年)12月1日に、「大田原町」「金田村」「親園村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については、合併された町村の中で唯一の町である大田原町から名称を引き継いだ形となっています。

「大田原」という地名は古くからあるようで、城下名として使用されたころより定着した地名だそうです。

この名称の由来についてですが、「大俵」という言葉から転じたものであるといわれています。

当時この地域では米といった農業が盛んであり、広大な水田もあったとされているようです。

  • 読み方→「大田原市(おおたわらし)」「大田原町(おおたわらまち)」「金田村(かねだむら)」「親園村(ちかそのむら)」

小山市の由来

1954年(昭和29年)3月31日に、「小山町」と「大谷村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については合併された町村のうち、小山町から名称を引き継いだ形となっているようです。

「小山」という地名の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。

①台地であることから小さな山のような地形をしており、このことから「小山」となったとする説。

②アイヌ語に由来するとされ、「ヤマ」が丘を意味することから丘が多い場所ということで「小山」となった説。

  • 読み方→「小山市(おやまし)」「小山町(おやままち)」「大谷村(おおやむら)」

鹿沼市の由来

1948年(昭和23年)10月10日に、元々あった鹿沼町が市制を施行したことによって、鹿沼市が成立しました。

前身である鹿沼町は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、以前より名称自体はあったようです。

「鹿沼」という地名の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。

①萱草という植物が多く生い茂っていたことから「萱草沼」となり、これが転じたとされている説。

②この地域にアイヌの民族が住んでいたことから「蝦夷野」と呼ばれ、これが転じたとする説。

  • 読み方→「鹿沼市(かぬまし)」「萱草沼(かやのぬま)」「蝦夷野(かいぬ)」

上三川町の由来

1893年(明治26年)7月1日に、元々あった上三川村が町制を施行したことによって、上三川町が成立しました。

前身である上三川村は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、古くには「三川」という地名で存在していたようです。

古くにあったとされるのは「三川郷」と呼ばれる場所であり、「上三川」はこれにちなんだものとされます。

この「三川郷」の地を、上、中、下の地域に分けたとされており、これに由来しているそうです。

「三川」自体の由来としてはあまり情報がみつかりませんでしたが、多くの川があることを意味したものとする説がありました。

  • 読み方→「上三川町(かみのかわまち)」

さくら市の由来

2005年(平成17年)3月28日に、「氏家町」と「喜連川町」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については公募が行われたそうで、その中から投票によって決定されたものとなっています。

「さくら」に投票された理由としては、合併前の両方の町に桜の名所があることがまずあるそうです。

そのうえで、桜のように美しい町になるようにといった想いも込めて、「さくら市」が誕生しました。

また、漢字ではなく平仮名であるのは、柔らかいイメージを持たせる意味があったとしています。

  • 読み方→「氏家町(うじいえまち)」「喜連川町(きつれがわまち)」

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