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新潟県の市町村名の由来【50音順 阿賀野市~刈羽村】

都道府県別名称の由来まとめ

更新情報:記事内容を更新(2025.11.18)

はじめに

このページは、新潟県内にある各市町村の名称の由来について、紹介しているページとなります。

50音順に紹介していますが、市町村の数が多いことから複数の記事に分けているので、今回紹介している市町村は目次をご確認ください。

参考にしているものとしてはなるべく信憑性の高いものを選んでいますが、正確性に欠ける場合もあります。

また、ページを更新するタイミングによっては、情報が新しくなっていない場合もありますこと併せてご了承ください。

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阿賀野市の由来

2004年(平成16年)4月1日に、「水原町」「安田町」「京ヶ瀬村」「笹神村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については公募が行われたそうで、市内に流れている「阿賀野川」に由来して名づけられたものです。

選ばれた理由としては、全国的にも知名度があり、この地域を表現するに相応しいなどといったことが挙げられていました。

元々は栃木県と福島県の県境に位置している「阿賀川」があり、これが新潟県に入ると「阿賀野川」と呼ぶそうです。

阿賀の由来については諸説ありますが、一説には仏教用語である「閼伽」が転じたものとされており、これは仏前に供養される水のことで、水が豊富であるという意味を込めた名称とされています。

  • 読み方→「阿賀野市(あがのし)」「水原町(すいばらまち)」「安田町(やすだまち)」「京ヶ瀬村(きょうがせむら)」「笹神村(ささかみむら)」「閼伽(あか)」

阿賀町の由来

2005年(平成17年)4月1日に、「鹿瀬町」「津川町」「上川村」「三川村」が合併したことによって成立しました。

町名は新たに命名されたものとなりますが、これは町内を流れる「阿賀野川」にちなんだものです。

「阿賀野」という名称の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。

①小高い土地であったことから水田ができなかったとして、「揚野」が転じたものとしている説。

②アイヌ語にちなんだものとされ、水を意味している「ワッカ」という言葉から転じたとされる説。

  • 読み方→「阿賀町(あがまち)」「鹿瀬町(かのせまち)」「津川町(つがわまち)」「上川村(かみかわむら)」「三川村(みかわむら)」

粟島浦村の由来

1909年(明治42年)に、元々あった粟島浦が改称したことによって、粟島浦村が成立することとなりました。

前身である粟島浦は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、このとき村や町といったものはついていません。

「粟島浦」という名称については情報が見つかりませんでしたが、「粟島」と呼ばれる島に位置していることにちなんだものと思われます。

ちなみに、「粟島」の名称自体についてもあまり情報はなく、一説には「粟粒」のように小さい島ということに由来しているとされているようです。

それほど粟島は小さい島となっており、面積としてみても9.78k㎡程しかない場所となっています。

  • 読み方→「粟島浦村(あわしまうらむら)」

出雲崎町の由来

1889年(明治22年)4月1日に、町村制が施行されたことによって、出雲崎町が成立することとなりました。

このとき合併が行われていますが、そのときには「出雲崎」とついた町があることから、以前よりある名称となっているようです。

「出雲崎」という地名の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。

①大国主命と呼ばれる出雲の神がこちら側に来たといわれ、そこから出雲との交流が生まれたことによってできた地名とする説。

②出雲の一族が、海辺を往来したということから「出雲崎」と呼ばれるようになったとされている説。

  • 読み方→「出雲崎町(いずもざきまち)」「大国主命(おおくにぬしのみこと)」

糸魚川市の由来

1954年(昭和29年)6月1日に、「糸魚川町」「浦本村」「大野村」「上早川村」「小滝村」「下早川村」「西海村」「根知村」「大和川村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については、唯一の町である糸魚川町から名称を引き継いでおり、「糸魚川」の由来については諸説あるとのことでしたので、今回3つの説を紹介します。

①空海が管に糸を巻いて川に投げたところ、魚になって泳ぎ回ったとする話に由来するという説。

②川で災害がよく起こっていたことから「厭い川」と呼ばれ、これ転じたものとされている説。

③イトヨと呼ばれる魚が河川に多く生息しており、漢字でイトヨは「糸魚」と表記することからこれに由来する説。

  • 読み方→「糸魚川市(いといがわし)」「糸魚川町(いといがわまち)」「浦本村(うらもとむら)」「大野村(おおのむら)」「上早川村(かみはやかわむら)」「小滝村(こたきむら)」「下早川村(しもはやかわむら)」「西海村(にしうみむら)」「根知村(ねちむら)」「大和川村(やまとがわむら)」「空海(くうかい)」「厭い(いとい)」

魚沼市の由来

2004年(平成16年)11月1日に、「小出町」「堀之内町」「入広瀬村」「守門村」「広神村」「湯之谷村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

「魚沼」の名称は郡名にもなっており、その由来としては諸説あるとのことでしたので、今回3つの説を紹介します。

①字が表しているとおり、多くの魚が生息していて、沼もあったことに由来するとされている説。

②仮の小屋が多い原野を指す「イオノ」という言葉があり、これが転じた地名であるとしている説。

③鮭のことを「イオ」と呼び、流れに逆らって上がってくることから「イオノ」と呼ばれていたことに由来する説。

  • 読み方→「魚沼市(うおぬまし)」「小出町(こいでまち)」「堀之内町(ほりのうちまち)」「入広瀬村(いりひろせむら)」「守門村(すもんむら)」「広神村(ひろかみむら)」「湯之谷村(ゆのたにむら)」

小千谷市の由来

1954年(昭和29年)3月10日に、「小千谷町」「城川村」「千田村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については、合併された町村の中で唯一の町である小千谷町から名称を引き継いだ形となっています。

古くには「千屋郷」が存在し、これが「小千谷」になったとされていますが、詳しいことは分かりませんでした。

一説には「チヤ」というのは「茅屋」を意味するとされ、茅葺き屋根が多かったことに由来するとしています。

茅葺き屋根とはカヤと呼ばれるチガヤや、ススキといった植物を用いて造られた屋根のことです。

  • 読み方→「小千谷市(おぢやし)」「城川村(しろかわむら)」「千田村(ちだむら)」「茅葺き(かやぶき)」

柏崎市の由来

1940年(昭和15年)7月1日に、元々あった柏崎町が市制を施行したことによって、柏崎市が成立しました。

前身である柏崎町は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、以前より名称自体はあったようです。

「柏崎」という地名の由来については諸説あるそうですが、有力とされる説として柏の樹に由来するというものがあります。

それによると、「柏の大樹」と呼ばれる樹があり、この樹は漁師たちにとって目印ともなっていたそうです。

そこから「柏の崎」と呼ばれるようになったといわれ、「柏崎」の名称が生まれたとされています。

  • 読み方→「柏崎市(かしわざきし)」

加茂市の由来

1954年(昭和29年)3月10日に、「加茂町」と「下条村」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。

市名については合併された町村の内、加茂町から名称を引き継いでいる形となっているようです。

「加茂」という地名の由来については、京都にある「賀茂神社」にちなんだものとなっています。

賀茂神社の神をこの地にも祀ったとされ、神社の領地となったことで、賀茂が転じて「加茂」となりました。

ちなみに、このことから加茂市は北越の小京都、もしくは越後の小京都とも称されているそうです。

  • 読み方→「加茂市(かもし)」「下条村(げじょうむら)」

刈羽村の由来

1889年(明治22年)4月1日に、町村制が施行されたことによって、刈羽村が成立することとなりました。

このとき合併が行われていますが、以前より刈羽村は存在していたようで、村の名称として引き継がれているのは刈羽郡に属しているからかもしれません。

「刈羽」という地名の由来については調べてみたものの、特にこれといった情報は見つかりませんでした。

一応見つけた説によると、「カリ」が崩壊地形を意味し、端を意味する「ハ」と合わせてできた地名とするものがありました。

こちらの由来については、また何か情報を見つけることができ次第、改めて追記をしていこうと思います。

  • 読み方→「刈羽村(かりわむら)」

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