更新情報:記事内容を更新(2025.12.7)
はじめに
このページは、広島県内にある各市町村の名称の由来について、紹介しているページとなります。
50音順に紹介していますが、市町村の数が多いことから複数の記事に分けているので、今回紹介している市町村は目次をご確認ください。
参考にしているものとしてはなるべく信憑性の高いものを選んでいますが、正確性に欠ける場合もあります。
また、ページを更新するタイミングによっては、情報が新しくなっていない場合もありますこと併せてご了承ください。
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安芸太田町の由来
2004年(平成16年)10月1日に、「加計町」「戸河内町」「筒賀村」が合併したことによって成立しました。
町名は新たに命名されたものとなっており、これはこの地域を表した名称ということで採用されたそうです。
それぞれ由来があり、まず「安芸」とは現在の広島県西部にあたる地域が「安芸国」と呼ばれていたことに由来したものとなります。
そして、「太田」の名称は町内に流れている「太田川」に由来し、かつてこの辺りの地域が太田郷と呼ばれていたことにちなんだものです。
「太田」自体の地名は、平野が広がる土地であったことから、そこに大きな田が作られたことに由来します。
- 読み方→「安芸太田町(あきおおたちょう)」「加計町(かけちょう)」「戸河内町(とごうちちょう)」「筒賀村(つつがそん)」「安芸国(あきのくに)」
安芸高田市の由来
2004年(平成16年)3月1日に、「甲田町」「高宮町」「美土里町」「向原町」「八千代町」「吉田町」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。
市名については、かつて「安芸国」と呼ばれていた地域であることや、合併前の町が「高田郡」に属していたことに由来します。
これは、公募が行われた結果決まったものであり、歴史があり親しまれているということなどが採用理由だそうです。
「安芸」の由来としては、豊穣を願ってたものとして「秋」から転じた説や、崩落地などを意味する「ハク」が転じた説など諸説あります。
一方、「高田」の由来についてですが、こちらは特にこれといった情報を見つけることができませんでした。
- 読み方→「安芸高田市(あきたかたし)」「甲田町(こうだちょう)」「高宮町(たかみやちょう)」「美土里町(みどりちょう)」「向原町(むかいはらちょう)」「八千代町(やちよちょう)」「吉田町(よしだちょう)」
江田島市の由来
2004年(平成16年)11月1日に、「江田島町」「大柿町」「沖美町」「能美町」が合併、及び市制施行したことによって成立しています。
市名については公募が行われたそうで、その結果として江田島という島に位置していることなどから採用されました。
「江田島」という名称の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。
①能美島という島があり、これを幹に例えて江田島はその幹の枝に見えることから、「枝島」が転じた説。
②入江が多い島ということで、「江多島」となり、これが転じたことで「江田島」となったとする説。
- 読み方→「江田島市(えたじまし)」「江田島町(えたじまちょう)」「大柿町(おおがきちょう)」「沖美町(おきみちょう)」「能美町(のうみちょう)」
大崎上島町の由来
2003年(平成15年)4月1日に、「大崎町」「木江町」「東野町」が合併したことによって成立しました。
町名は新たに命名されたものとなっており、この場所が大崎上島と呼ばれる島に位置していることに由来すると思われます。
しかし「大崎上島」という名称の由来については、特に情報を見つけることができませんでした。
「大崎」の地名に関しては、古くに「大崎荘」と呼ばれる荘園があったことから、歴史ある名称となっているようです。
こちらの由来については、また何か情報を見つけることができ次第、改めて追記をしていこうと思います。
- 読み方→「大崎上島町(おおさきかみじまちょう)」「大崎町(おおさきちょう)」「木江町(きのえちょう)」「東野町(ひがしのちょう)」
大竹市の由来
1954年(昭和29年)9月1日に、「大竹町」「小方町」「玖波町」「栗谷村」「友和村(一部)」が合併、及び市制施行したことによって成立しました。
市名については、合併された町の中にある、大竹町から名称を引き継いだ形となっているようです。
「大竹」という地名の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。
①「竹」の字があることから、この地域では当時竹が多かったとされており、これに由来するという説。
②川が流れている場所に大きな滝があったとされ、このことから「おおたき」が転じて「おおたけ」となったとする説。
- 読み方→「大竹市(おおたけし)」
尾道市の由来
1898年(明治31年)4月1日に、元々あった尾道町が市制を施行したことによって、尾道市が成立しました。
前身である尾道町は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、以前より名称自体はあったようです。
「尾道」という地名の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。
①山の峰と峰を結んで連なる高い場所を指す、尾根沿いに道があったことから「尾の道」が由来とする説。
②澪という水脈などを表す言葉があり、重要な港であったことから航路を「澪の道」と呼び、これが転じた説。
- 読み方→「尾道市(おのみちし)」
海田町の由来
1956年(昭和31年)9月30日に、「海田市町」と「東海田町」が合併したことによって成立しました。
町名については、2つの町に付いていた「海田」の名称を引き継いだ形となっているようです。
「海田」という地名の由来については、「開田」と表記されていたものが転じたといわれています。
この「開田」というのは、開かれた土地を意味する言葉であるそうで、平安時代の終わりごろには「開田荘」と登場しました。
これは荘園と呼ばれるもので、南北朝時代になると「海田荘」と表記が改められ、地名として定着したようです。
- 読み方→「海田町(かいたちょう)」
北広島町の由来
2005年(平成17年)2月1日に、「大朝町」「芸北町」「千代田町」「豊平町」が合併したことによって成立しました。
町名については特に情報が見つかりませんでしたが、広島市の北部に位置していることなどにちなんだものと考えられそうです。
ちなみに、「広島」という地名の由来としては諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。
①広島城を築城した際、毛利輝元の祖先である大江広元の「広」と、武士であった福島元長の「島」を合わせた説。
②島々が合わさった広い土地であったことから、その地形に由来して「広島」となったとされる説。
- 読み方→「北広島町(きたひろしまちょう)」「大朝町(おおあさちょう)」「芸北町(げいほくちょう)」「千代田町(ちよだちょう)」「豊平町(とよひらちょう)」
熊野町の由来
1918年(大正7年)10月1日に、元々あった熊野村が町制を施行したことによって、熊野町が成立しました。
前身である熊野村は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、以前には違う表記で地名として存在していたようです。
「熊野」という地名の由来については諸説あるとのことでしたので、今回2つの説を紹介していこうと思います。
①「隈」という隅っこを意味すること言葉があり、隅にある野原ということで「熊野」となってこれが転じた説。
②古くには「養隈郷」と呼ばれており、「養隈」というのは川や道などが曲がりくねった場所などを意味する言葉からできたとされ、ここから転じたとされる説。
- 読み方→「熊野町(くまのちょう)」「養隈郷(やくまのさと)」
呉市の由来
1902年(明治35年)10月1日に、「二川町」「和庄町」「荘山田村」「宮原村」が合併、及び市制を施行したことによって成立しました。
「呉」という地名は古くからあり、その由来にとしては諸説あるとのことでしたので、今回3つの説を紹介していこうと思います。
①この地帯を囲んでいた山々を「九嶺」と呼んでいたされ、このことから転じたものとされている説。
②クレと呼ばれる板材が、当時の特産品であったことにちなんで、地名として定着していったとする説。
③古くには朝鮮半島の人々が住んでいたとされ、その人たちを「くれ人」と呼んでいたことにちなむ説。
- 読み方→「呉市(くれし)」「二川町(ふたかわちょう)」「和庄町(わしょうちょう)」「荘山田村(そうやまだむら)」「宮原村(みやはらむら)」「九嶺(きゅうれい)」
坂町の由来
1950年(昭和25年)8月1日に、元々あった坂村が町制を施行したことによって、坂町が成立しました。
前身である坂村は、1889年(明治22年)の町村制施行時に成立していますが、いつ頃からあった地名なのかは分かりません。
また、「坂」という名称の由来についても調べてみましたが、同様に情報を見つけることができませんでした。
憶測とはなってしまいますが、恐らく「坂」という字があることから、地形などに関連したものと考えられそうです。
こちらの由来に関しては、また何か情報を見つけることができ次第、改めて追記をしていこうと思います。
- 読み方→「坂町(さかちょう)」


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